司馬越
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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?-311年。字は元超。東海王。司馬馗の孫。司馬泰の子。八王の一人。司馬乂を裏切って殺害した。司馬穎、司馬顒と対立して一時劣勢となるが、王浚らの援軍を得て司馬穎、司馬顒の排斥に成功した。司馬衷の死後、司馬鄴を擁したが、拡大する前趙を抑えられないまま、陣没した。
関連
乞伏国仁
?-388年。字は烈祖。西秦の創建者。宣烈王。乞伏司繁の子。隴西鮮卑の出身。前秦から南単于に封じられた。淝水の戦いの前、叔父の乞伏歩頽が反乱を起こすと討伐に当たったが、淝水の戦いで前秦が大敗すると慰留されて状況を静観した。苻堅が姚萇により殺害されると独立した。
拓跋猗㐌
267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。
魚豢
生没年不詳。雍州京兆郡の人。魏の郎中となるが、そのほかの事跡は不明。私撰である『魏略』、および『典略』を著した。著書のほとんどは唐代後期に散逸し、現存ずるものはごく一部であるが、正史『三国志』を始め、他の史書の引用、転載として継承されたと考えられる。倭国に関する最古の記述と目される。