宇文護 ( うぶんご )

publish: 2021-10-11, update: 2026-04-19

章節

標籤

513年-572年。字は薩保。代郡武川鎮の人。宇文顥の子。宇文泰の兄の子であり、宇文泰と共に西魏の重臣となった。宇文泰の死後、北周が成ると専横を強めた。趙貴、独孤信らの重臣のほか宇文覚、宇文毓を殺害する暴虐の一方で、優れた治政により北斉との国力を逆転させた。愚鈍を演じた宇文邕によって殺害された。晋国公。

関連

王経

?-260年。字は彦緯。冀州清河郡清河県の人。農家の出身だが曹丕の代に名士として名を知られた。軍事には明るくなく姜維の北伐に大敗して陳泰から批判を受けた。魏の司隷校尉、尚書まで昇ったが、甘露の変にて曹髦に近侍し続けたため反逆罪に問われて処刑された。後に司馬炎によって名誉を回復された。

蕭琛

480年-531年。字は彦瑜。南蘭陵郡蘭陵県の人。蕭恵訓の子。若くして才能を発露させ一族の蕭恵開は我が一族を興すだろうと評した。太学博士から昇進を重ねて度重なる政変でも官職を維持し、蕭衍からは宗老と敬慕された。侍中・特進・金紫光禄大夫まで昇る。

元曄

?-532年。北魏の第10代皇帝。東海王。拓跋濬の弟拓跋楨の孫、元怡の子。爾朱栄が元子攸に殺害されると、爾朱世隆らに擁立された。爾朱世隆の傀儡であり、傍系の出身でもあって人望を得られなかったため、即位翌年に廃立された。後に後難を恐れた元脩に殺害された。

page /opt/build/repo/content/dynasties/556_北周/seika/572_宇文護.md