元法僧
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
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454年-536年。元鍾葵の子。拓跋珪の第3子・拓跋煕の曾孫。益州刺史に任じられるが統治は拙く、徐州刺史に転任した。元叉による粛清を恐れて、彭城にて挙兵し、皇帝を自称した。梁に救援を求め、北魏と戦いつつ梁へ亡命した。梁の武帝・蕭衍によって東魏王に封じられるが、間もなく病没した。
関連
張祚
?-355年。字は太伯。前涼の第7代君主。威王。張駿の庶長子。張重華の遺詔を隠匿し自らを張耀霊の後見とし権力を掌握する。後に位を簒奪し、王を称した。乱暴で政治を顧みず人心を失ったため、張瓘・宋混らの反乱を招き殺害された。
李流
248年-303年。巴氐の出身。兄の李特に従い流民と共に転戦した。李特が戦死すると李特の勢力は大きく動揺したが、甥の李雄らの武勇もあって羅尚を救援する荊州軍を撤退させた。しかしまもなく病が篤くなり、李雄を後継者に指名して死去した。兄李特の戦死から僅か七ヶ月後であった。
拓跋余
?-452年。北魏の南安隠王。拓跋燾の第6子。拓跋燾が宗愛に殺害されると宗愛に擁立されて即位した。宗愛の傀儡であり、まもなく宗愛と対立し宗愛に殺害された。皇帝として認められておらず後継の拓跋濬からは王として葬られた。在位7か月。