元法僧 ( げんほうそう )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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454年-536年。元鍾葵の子。拓跋珪の第3子・拓跋煕の曾孫。益州刺史に任じられるが統治は拙く、徐州刺史に転任した。元叉による粛清を恐れて、彭城にて挙兵し、皇帝を自称した。梁に救援を求め、北魏と戦いつつ梁へ亡命した。梁の武帝・蕭衍によって東魏王に封じられるが、間もなく病没した。

関連

李弼

494年-557年。字は景和。遼東郡襄平県の人。李永の子。爾朱天光に従って関中に入り軍功を立てた。勇猛であり常に先鋒を務めたため、当たるもの無しと恐れられた。賀抜岳を殺害した侯莫陳悦に宇文泰への降伏を促したが、入れられなかったため自身は宇文泰に降伏した。東魏戦線を転戦して西魏の重鎮となる。病没。

拓跋鬱律

?-321年。代の第4代王。拓跋弗の子。拓跋猗盧の死後、相続が混乱すると代王に擁立された。各地へ遠征し西は烏孫、東は勿吉を攻略し、鮮卑を北方最強たらしめた。前趙、後趙とも敵対し、前涼の朝貢を受け、東晋の爵位を拒絶した。拓跋猗㐌の妻・惟氏に殺害された。

元曄

?-532年。北魏の第10代皇帝。東海王。拓跋濬の弟拓跋楨の孫、元怡の子。爾朱栄が元子攸に殺害されると、爾朱世隆らに擁立された。爾朱世隆の傀儡であり、傍系の出身でもあって人望を得られなかったため、即位翌年に廃立された。後に後難を恐れた元脩に殺害された。

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