元愉
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
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487年(以前)-508年。字は宣徳。京兆王。拓跋宏の子。徐州刺史を務め中書監となる。違法な徴収を行い杖罰を受け、冀州刺史に転出した。弟・元懐との対抗意識が強く、冀州にて反乱を起こし皇帝を称した。李平の討伐を受けると連敗して捕縛された。洛陽へ送還中に野王にて死去。高肇に殺されたとも。子は助命され、後に皇籍に戻された。
関連
長孫嵩
358年-437年。長孫仁の子。代の南部大人。代が前秦に滅ぼされると劉庫仁に従った。拓跋珪が独立すると再び南部大人となり、柔然、後燕、東晋を相手に歴戦して、北魏初期の軍事を支えた。北魏3代に仕えた。病没。武廟六十四将に数えられる。
傅俊
? - 31年。字は子衛。潁川郡襄城県の人。王莽政権で襄城の亭長を務め、劉秀を迎えて校尉となった。このとき母と弟を失い昆陽の戦い以後、服喪のため帰郷した。河北攻略中に邯鄲で合流した。劉秀の皇帝即位時には陰麗華を迎える使者となった。積弩将軍、昆陽侯。
慕容暐
350年-384年。字は景茂。前燕の第3代君主。幽帝。慕容儁の三男。河南へ進出し東晋領の洛陽を得るも慕容恪の死後は国威が低下する。洛陽の領有問題を起点に前秦と敵対し大敗のすえ鄴は陥落、降伏した。在位11年。淝水の戦い以後没落する苻堅の暗殺を試みるが失敗し殺害された。