陳霸先
publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19
章節
標籤
503年-559年。字は興国。陳の初代皇帝。武帝。陳文賛の子。潁川陳氏の陳寔の末裔。蕭繹に従って王僧弁と共に侯景を討った。蕭淵明の即位を巡って王僧弁と対立し、王僧弁を討って蕭方智を復位させた。まもなく蕭方智に禅譲を迫って皇帝に即位し陳を建てた。在位2年。
関連
拓跋普根
?-316年。代の第2代王。拓跋猗㐌の子。父・拓跋猗㐌の死後は中部拓跋部を継いだが、拓跋猗盧が三部を統合するようになるとこれに従った。拓跋猗盧が拓跋六脩に殺されると、拓跋六脩を殺して王位を継いだ。間もなく死去。在位は僅か一ヶ月。跡は子が継いだが名は伝わらない。
殷景仁
390年-441年。陳郡長平県の人。殷道裕の子。劉毅の属官を経て劉裕に従い、そのまま宋の成立と共に入朝した。当初は劉湛との関係も良好で、荊州に出向した劉湛の呼び戻しを推薦したが、後に一方的に劉湛からは憎まれた。病を称して家に留まること五年におよび、その間、劉義隆との書簡の往来で職務を全うした。
沈攸之
?-478年。字は仲達。呉興郡武康県の人。沈叔仁の子。若くして父を亡くし困窮した。元嘉の治が終わるころ、北魏の外患に備えるため徴兵された。劉駿以来4代に仕えて車騎大将軍、開府儀同三司まで昇った。劉昱が廃位されると挙兵して反乱したが、離反が相次ぎ華容にて横死した。