苻登 ( ふとう )

publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19

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343年-393年。字は文高。前秦の第5代皇帝。高帝。宗室傍流の苻敞の子。淝水の戦い以後前秦の源泉ともいえる枹罕に割拠した。苻丕が敗死すると皇帝に即位した。一時は攻勢に転じるが大界の戦いの敗北以後勢力は後退した。廃橋の戦いで捕縛され処刑された。

関連

劉子鸞

456年-465年。字は孝羽。劉駿の子。始平王。襄陽王、新安王から改封された。呉郡太守、南徐州刺史、司徒、中書令などの重職を兼任した。幼少にしてこの待遇であり、常々嫉視していた兄・劉子業から賜死を受けた。死に臨んで再び皇族には生まれたくないと言葉を残した。

李雄

274年-334年。巴氐の出身。成漢の創設者。武帝。益州刺史羅尚を撤退させ成都を完全に制圧すると、成都王を称して成漢を成立させた。断続的に東晋と係争し漢中・巴東・寧州を攻略する一方で、前涼の張駿が東晋への臣従を勧めたときには一定の理解を示した。在位は30年に及ぶ。

慕容木延

生没年不詳。魏晋時代の鮮卑慕容部の大人。莫護跋の子。慕容廆の祖父にあたる。左賢王の地位にあり、毌丘倹の高句麗討伐に協力して功を立てた。

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