苻登 ( ふとう )

publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19

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343年-393年。字は文高。前秦の第5代皇帝。高帝。宗室傍流の苻敞の子。淝水の戦い以後前秦の源泉ともいえる枹罕に割拠した。苻丕が敗死すると皇帝に即位した。一時は攻勢に転じるが大界の戦いの敗北以後勢力は後退した。廃橋の戦いで捕縛され処刑された。

関連

袁安

?-92年。字は召公。汝南郡汝陽県の人。袁良の孫。県の吏人を務め、孝廉に挙げられた。県令から太守へと着実に昇進し、優れた行政を評価されて太僕へ栄転、以後、司空、司徒を歴任した。外戚の竇氏を弾劾し、清流派の立場を確立してなお失脚せずに現職であり続けた。

劉義符

406年-424年。劉宋の第2代皇帝。少帝。劉裕の第1子。父劉裕の死後即位した。傅亮、徐羨之、謝晦の輔弼を受けたが、言行に節度がなく信望を失った。音楽に精通し遊戯に明け暮れた。張太后の勅令を得た徐羨之らに廃位され、まもなく殺害された。在位2年。

華軼

?-311年。字は彦夏。平原郡高唐県の人。華澹の子。魏の太尉・華歆の曾孫。才気と博愛に富み、博士、散騎常侍を務めたほか、司馬越の属官も務めた。永嘉年間には江州刺史となった。勤皇の意志が強く、江南に赴任した司馬睿の人事に従わなかったため、王敦の攻撃を受け、衛展、周広に殺された。

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