陳慶之
publish: 2021-11-02, update: 2026-04-19
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484年-539年。字は子雲。斉代から蕭衍に仕え、梁が建つと武功を重ねて昇進した。北魏の北海王・元顥を擁して北伐し洛陽を占領した。爾朱栄の反攻により洛陽を追われるが、その後も北魏戦線を支えた。武芸には疎かったが指揮官として非凡で、身に纏った白袍を畏怖された。病没。
関連
王憲
378年-466年。字は顕則。北海郡劇県の人。前秦の河東郡太守・王休の子。幼くして父を亡くし伯父の王永に従った。王永が慕容永に殺害されると民間に潜伏した。北魏の勢力が伸長すると拓跋珪に礼遇され、并州刺史、北海公まで昇った。病没。享年89歳と長命。
高殷
545年-561年。字は正道。北斉の第2代皇帝。廃帝。高洋の第1子。北斉建国と共に立太子されるが、父の高洋に疎まれた。父高洋の死後即位する。鮮卑系武官と漢人系文官の対立を経て高演へ権力が集中した。太皇太后の婁昭君の勅令により廃され、後に高演に殺害された。在位1年。
陶潜
365年-427年。字は淵明。陶侃の曾孫。393年以降、断続的に東晋の属官として出仕するが、官吏の職務を嫌い彭沢県の県令を最後に隠遁生活に入った。晴耕雨読の中で詩文を残し、桃源郷の語源を作った。その詩業は世俗から離れた理想を表現したものとして評価が高い。陶淵明の名で知られる。