陳慶之
publish: 2021-11-02, update: 2026-04-19
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484年-539年。字は子雲。斉代から蕭衍に仕え、梁が建つと武功を重ねて昇進した。北魏の北海王・元顥を擁して北伐し洛陽を占領した。爾朱栄の反攻により洛陽を追われるが、その後も北魏戦線を支えた。武芸には疎かったが指揮官として非凡で、身に纏った白袍を畏怖された。病没。
関連
王敦
266年-324年。字は処仲。王基の子。王導の従兄。司馬睿と共に江東に移った。行政を取り仕切った王導に対して軍権を掌握した。王氏の強権を警戒した司馬睿に忌避されたため、反乱を起こして政敵を粛清した。司馬紹から討伐の勅命が出され、再び反乱を起こしたが病没した。
劉毅
?ー412年。字は希楽。小字は盤龍。沛郡沛県の人。徐州で任官して桓弘の属官となった。桓玄が楚を立てると劉裕、何無忌と共に挙兵して江北を制圧した。東晋復興と続く盧循の乱で功績を残したが、自負が強く劉裕と折り合わず、劉裕から謀反の嫌疑をかけられて自害した。
拓跋嗣
392年-423年。北魏の第2代皇帝。明元帝。拓跋珪の第1子。父拓跋珪が弟拓跋紹に殺害されると、拓跋紹を討って皇帝に即位した。崔宏、崔浩を重用した。周辺諸国と絶えず係争し北魏による華北統一の道筋を作った。宋との戦役中に陣没した。在位14年。