司馬冏
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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?-302年。字は景治。斉王。司馬昭の孫。司馬攸の子。八王の一人。司馬倫に協力して賈氏一族を滅ぼすが、後に司馬倫から軽んじられた。司馬倫が暴政を行うと、司馬穎、司馬顒らと決起して司馬倫を退位させ、司馬衷を復位させた。司馬顒が挙兵すると洛陽で呼応した司馬乂によって捕縛され、処刑された。
関連
慕容徳
336年-405年。字は玄明。南燕の初代皇帝。献武帝。慕容皝の子。前燕の范陽王。前燕が滅びると前秦に降って張掖太守を任じられた。淝水の戦いで前秦が大敗すると兄・慕容垂に従って後燕の車騎将軍となる。北魏の攻撃により慕容宝が北へ逃れると、山東半島で独立し皇帝を称した。
沈田子
383年-418年。字は敬光。呉興郡武康県の人。沈穆夫の子。劉裕が桓玄討伐に挙兵すると従った。北伐に従軍したほか、盧循の乱にも対処して功を挙げた。長安占領時は劉義真の下で王鎮悪と共に防御に当たったが、不信を募らせて王鎮悪を殺害した。まもなく王修に殺害された。
蕭道成
427年-482年。字は紹伯。蕭斉の初代皇帝。高帝。蕭承之の子。寒門の出身。劉彧の代から勢力を強め、劉昱の代には各地の反乱を鎮圧して独裁を確立した。危惧した劉昱に誅殺を計画されるが先手を打って劉昱を殺害、沈攸之、袁粲ら反対勢力を滅ぼして、皇帝に即位した。在位3年。