呂纂 ( りょさん )

publish: 2021-11-09, update: 2026-04-19

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?-401年。字は永緒。後涼の第3代天王。霊帝。呂光の子。呂紹、呂弘の兄。庶子であったため立太子されなかった。呂紹からの譲位を拒否したが、呂弘に唆されて呂紹を廃した。後に対立し挙兵した呂弘を討った。南涼や北涼を攻撃するものの失敗し、呂超に殺害された。

関連

拓跋紇那

生没年不詳。代の第6代、および第8代王。拓跋猗㐌の子。兄の死後跡を継いだ。後趙の攻撃で不利となり本拠を東木根山から大寧に移すなど勢威を落した。拓跋鬱律の子・拓跋翳槐と王位を巡り、宇文部や賀蘭部を巻き込んで争った。前燕へ亡命した後の事跡は不明。

劉宏

156年-189年。霊帝。後漢の第12代皇帝。解瀆亭侯・劉萇の子。河間王・劉開の曾孫。劉志に男子が無く、同じ河間王の筋から皇太后・竇妙、竇武、陳蕃らに擁立された。熹平石経を作成するなど学問を奨励する一方で、売官売爵といった短絡的な財政を行い、宦官の専横も止まらなかった。

元顥

?-529年。字は子明。北海王。元詳の子。六鎮の乱が起こると、侍中、驃騎大将軍、開府儀同三司、相州刺史など強力な軍権をもって対応した。爾朱栄が政変を起こすと、保身を図って梁へ亡命した。蕭衍に皇帝として擁立され洛陽を攻略するが、爾朱栄の反撃に相次いで敗れ戦死した。

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