王沈 ( おうしん )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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生没年不詳。宦官として劉聡に仕えた。劉聡が後宮に入り浸って朝政に出席しなくなると、劉聡に代わって朝政を取り仕切り、独断で人事を決裁した。その権勢は斉の易牙、蜀の黄皓に例えられ、多くの良臣を誅殺せしめた。劉聡の死後、事跡は定かではない。

関連

羊祜

221年-278年。字は叔子。羊儒の曾孫、羊続の孫、羊衜の子。諸事に慎ましく先見の明を持ち、才幹に身を滅ぼす事が無かった。都督荊州諸軍事として積極的な呉征伐を論じる一方で、呉将の陸抗と交誼を重ねて羊陸之交の故事成語を残した。病没。後任に杜預を推挙した。

豆盧寧

500年-565年。字は永安。昌黎郡徒河県の人。豆盧萇の子。後燕の北地王・慕容精の玄孫。爾朱天光、侯莫陳悦に順に従い、侯莫陳悦が討たれると宇文泰に従った。身丈八尺、容姿に優れて騎射を得意としたという。功を挙げてなお宇文護の傀儡政権でも失脚せず、楚国公まで昇った。同州刺史として在地で病没。

賈智

493年-537年。字は顕智。中山郡無極県の人。賈道監の子。北魏末に相次いだ反乱に対応し功績をあげた。爾朱栄の台頭、爾朱氏の内紛を巧みにくぐり抜け、高歓に従った。開府儀同三司、侍中まで上った。各州の刺史を務めたが民衆を搾取しており民政には明るくない。東魏が成り晋陽へ赴任し、後に罪の連座を受けて刑死した。

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