王沈 ( おうしん )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

章節

標籤

生没年不詳。宦官として劉聡に仕えた。劉聡が後宮に入り浸って朝政に出席しなくなると、劉聡に代わって朝政を取り仕切り、独断で人事を決裁した。その権勢は斉の易牙、蜀の黄皓に例えられ、多くの良臣を誅殺せしめた。劉聡の死後、事跡は定かではない。

関連

顔之推

531年-591年。字は介。顔協の子。学識と文才に長じて蕭繹に仕えた。侯景の乱とその後の混乱により、梁、西魏、北斉、北周、隋と5つの王朝を生き延びた。子孫に対する家訓として『顔氏家訓』を著した。顔真卿は来孫にあたる。

夔安

?-340年。石勒十八騎の一人。天竺の出身であるが、遼東へ移り住んだ。傭兵稼業をする石勒と共に群盗となり各地を荒らした。石勒、石虎に従って文武を歴任した。晩年には、石鑑、冉閔、李農、張賀度、李菟ら五将を従え、荊州を攻めて東晋に名を響かせた。

元賛

生没年不詳。広平王。元悌の子。北魏の広平王を継ぎ、驃騎大将軍、開府儀同三司となった。叔父にあたる孝武帝・元脩が関中に入るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると皇帝に擁立する動きがあった。司徒、太尉、司空を歴任した。尚書・元烈が宇文泰に殺害されると、不満を漏らす元欽を泣いて諫めた。

/opt/build/repo/content/dynasties/304_前趙/retsuden/王沈.md