李恂
publish: 2021-11-12, update: 2026-04-19
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?-421年。西涼の第3代君主。末主。李暠の第5子。兄・李歆が北涼の沮渠蒙遜に大敗し処刑されると、首都酒泉から残党をまとめて旧都敦煌へ逃れた。北涼の追跡を退けて敦煌を支配するも、改めて北涼の攻撃を受けた。籠城のすえ敗れて自害した。
関連
慕容忠
?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。
宇文闡
573年-581年。北周の第5代皇帝。静帝。宇文贇の第1子。宇文贇から譲位され即位する。即位時は僅か7歳であったため、外戚の楊堅の摂政を受けた。前代から既に国内に混乱が見られ、これを収束できないために楊堅から禅譲を迫られ退位した。介国公に封じられるが殺害された。
賀抜勝
?-544年。字は破胡。賀抜度抜の子。初め爾朱栄に従って転戦するが、爾朱氏の内訌が起こると高歓に降った。まもなく高歓と敵対し荊州刺史となるが、北魏の東西分裂に際して東魏側の侯景に攻撃されて梁へ亡命した。その後西魏へ帰還して宇文泰に仕え、北周建国の功臣となった。