劉昱 ( りゅういく )

publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19

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463年-477年。字は徳融。劉宋の第7代皇帝。後廃帝、蒼梧王。劉彧の第1子。父劉彧の死後皇帝に即位した。袁粲と褚淵の輔弼を受けた。劉休範や劉景素など皇族の反乱が絶えなかった。権勢を強める蕭道成の誅殺を計画するが、先手を打った蕭道成に殺害された。在位5年。

関連

拓跋嗣

392年-423年。北魏の第2代皇帝。明元帝。拓跋珪の第1子。父拓跋珪が弟拓跋紹に殺害されると、拓跋紹を討って皇帝に即位した。崔宏、崔浩を重用した。周辺諸国と絶えず係争し北魏による華北統一の道筋を作った。宋との戦役中に陣没した。在位14年。

劉駿

430年-464年。字は休龍。劉宋の第4代皇帝。孝武帝。劉義隆の第3子。皇太子であった兄劉劭が劉義隆を殺害すると、これを打つべく挙兵、皇帝に即位し、建康を陥落させ劉劭を処刑した。寒門を登用して中央集権を進めたが、残虐な一面も多く国を疲弊させた。在位11年。

穆提婆

?-577年。漢陽郡の人。元の姓を駱という。駱超の子。父・駱超が謀反により処刑されると、母・陸令萱が後宮に入ったため、高緯に近侍した。後宮内に隠然たる実力を示し、皇后や外戚に対する皇帝の意向を左右した。北斉が滅ぶと北周に降ったが、のちに謀反を告発されて処刑された。

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