劉昱 ( りゅういく )

publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19

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463年-477年。字は徳融。劉宋の第7代皇帝。後廃帝、蒼梧王。劉彧の第1子。父劉彧の死後皇帝に即位した。袁粲と褚淵の輔弼を受けた。劉休範や劉景素など皇族の反乱が絶えなかった。権勢を強める蕭道成の誅殺を計画するが、先手を打った蕭道成に殺害された。在位5年。

関連

竇武

?-168年。字は游平。右扶風平陵県の人。竇奉の子。竇融の玄孫。娘の竇妙が桓帝・劉志の皇后となり外戚となった。外戚ゆえの昇進を自覚し自重に徹したため、外戚でありながら清流派の名声を得た。劉志が没すると大将軍となった。宦官排斥を目指して陳蕃と謀議するが、先手を打った曹節の派遣する張奐によって攻め滅ぼされた。

応瑒

?-217年。字は徳璉。汝南郡南頓県の人。応珣の子。曹操の辟召に応じて丞相掾属、後に五官中郎将文学となった。弟の応璩と共に文名が高く、曹丕や曹植から高く評価された。華北で大流行した疫病のため没し、著作は伝わらない。

李恂

?-421年。西涼の第3代君主。末主。李暠の第5子。兄・李歆が北涼の沮渠蒙遜に大敗し処刑されると、首都酒泉から残党をまとめて旧都敦煌へ逃れた。北涼の追跡を退けて敦煌を支配するも、改めて北涼の攻撃を受けた。籠城のすえ敗れて自害した。

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