慕容徳 ( ぼようとく )

publish: 2021-11-12, update: 2026-04-19

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336年-405年。字は玄明。南燕の初代皇帝。献武帝。慕容皝の子。前燕の范陽王。前燕が滅びると前秦に降って張掖太守を任じられた。淝水の戦いで前秦が大敗すると兄・慕容垂に従って後燕の車騎将軍となる。北魏の攻撃により慕容宝が北へ逃れると、山東半島で独立し皇帝を称した。

関連

桓玄

369年-404年。字は敬道。桓温の庶子、末子。司馬道子が専横すると、王恭、殷仲堪に呼応して挙兵した。挙兵は失敗するも自身は西府軍団の掌握に成功した。孫恩の乱では鎮圧を通して司馬元顕、劉牢之を除き、朝廷を掌握した。司馬徳宗を廃して皇帝を称し国号を楚とするが、劉裕の攻撃を受けて逃亡中に殺害された。

陳霸先

503年-559年。字は興国。陳の初代皇帝。武帝。陳文賛の子。潁川陳氏の陳寔の末裔。蕭繹に従って王僧弁と共に侯景を討った。蕭淵明の即位を巡って王僧弁と対立し、王僧弁を討って蕭方智を復位させた。まもなく蕭方智に禅譲を迫って皇帝に即位し陳を建てた。在位2年。

司馬徳文

386年-421年。字は徳文。東晋の第11代皇帝。恭帝。司馬曜の第2子。兄司馬徳宗に対する劉裕の害意を察知したが防げなかった。司馬徳宗の死後劉裕に擁立されて即位するが、劉裕による禅譲の布石であり禅譲の余儀は無かった。宋によって零陵王に封じられたが翌年殺害された。

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