慕容儁 ( ぼようしゅん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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319年-360年。字は宣英。前燕の第2代王。景昭帝。慕容皝の次男。父の死後王位を継ぐ。石虎の死後混乱する後趙へ出兵し幽州・冀州を制圧する。冉魏を滅ぼして河北を掌握すると皇帝に即位した。河南への進出を企図するなか病没した。在位11年。

関連

徐邈

172年-249年。字は景山。燕国薊県の人。曹操の河北平定時に仕官した。県令、太守、刺史を歴任するたび道徳的で民に寄り添う行政手腕が評価された。蓄財しないために曹叡からは生活費を特別に支給された。司空を辞退し相応しい人物がいなければ空位とすべしとした。諡は穆。都亭侯。

高隆之

494年-554年。字は延興。元の姓を徐という。徐幹の子。元悦の属官となるが、早くから高歓と親交を深めた。農業や治水の政策に明るかった。高澄の死後は高洋を軽んずる振る舞いがあり、高洋に殺害された。長身で美しい髭を持ち、感情を表に現さなかった。四貴の一人。

陸倕

470年-526年。字は佐公。呉郡呉県の人。陸慧曉の子。若くして文章を得意とし、蕭子良の西低に加わった。同じく文章を得意とした任昉と懇意であり共に研鑽した。諸王の属官を転々と務めて後に揚州大中正などを務めた。人付き合いを避けて読書に没頭し暗記力に優れた。

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