乞伏暮末
publish: 2021-11-08, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-431年。西秦の第4代の王。乞伏熾磐の子。乞伏熾磐の死後王位を継承した。北涼の攻撃により北魏への帰順を画策するが果たされなかった。夏の攻撃に降伏し、まもなく赫連定に殺害された。在位3年。
関連
閻顕
?-125年。河南郡滎陽県の人。閻暢の子。妹を安帝・劉祜の皇后とし、鄧氏一族の没落後は、兄弟揃って重用された。劉祜の死後、劉懿を擁立し外戚としての地位を固めるかに思われたが、劉懿が僅か数百日で没したため叶わず、孫程らの政変が起きると投獄された。順帝・劉保が即位すると処刑された。
范雲
451年-503年。字は彦龍。范抗の子。竟陵八友の一人。はじめ宋の郢州の属官を務めた。斉が興ると蕭子良に仕えて累進し、蕭子良の信任を得て蕭衍と交友を結んだ。蕭衍が挙兵して梁を起こすと、沈約と共に梁朝初期を補佐した。病没。
徐羨之
364年-426年。字は宗文。東海郡郯県の人。徐祚之の子。東晋の太子少傅の主簿を務め、桓玄が楚を興すと劉裕の挙兵に従った。劉裕の死に際し傅亮、謝晦、檀道済と共に劉義符の補佐を遺言された。劉義符の廃位を進め劉義隆を即位させた。やがて専横が目立つようになり、劉義符殺害の罪を問われて自害した。