乞伏暮末 ( きつぶくぼまつ )

publish: 2021-11-08, update: 2026-04-19

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?-431年。西秦の第4代の王。乞伏熾磐の子。乞伏熾磐の死後王位を継承した。北涼の攻撃により北魏への帰順を画策するが果たされなかった。夏の攻撃に降伏し、まもなく赫連定に殺害された。在位3年。

関連

劉和

?-310年。前趙の第2代皇帝。廃帝。劉淵の子。劉淵の死後その後を継ぐ。外戚の呼延攸に教唆され権力掌握のため宗族の一掃を企てた。しかし計画は疎漏で内部に疑心暗鬼を招き逆に劉聡の攻勢を受けた。劉聡によって捕縛されたのち処刑された。在位僅か6日。

慕容永

?-394年。西燕の第6代皇帝。慕容運の孫とされるが父は不明。前燕の滅亡時に長安へ移住し、生活は困窮した。慕容垂が挙兵すると同時期に挙兵し、慕容泓、慕容沖と合流した。慕容忠が刁雲に殺害されると西燕をまとめて慕容垂に臣従したが、すぐに独立して8年に渡って割拠した。後に慕容垂の攻撃を受けて処刑された。

韋寛

509年-580年。字は孝寛。諱は叔裕とも。京兆郡杜陵県の人。韋旭の子。始め蕭宝寅に属したが、蕭宝寅が反乱すると離反して長孫稚、楊侃、源子恭らの属官を務めた。独孤信と並んで連璧と称された。間諜の扱いに長けて戦わずして斛律光の失脚を決定づけるなど、人間の機微に聡かった。

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