蕭道成 ( しょうどうせい )

publish: 2021-08-09, update: 2026-09-04

427年-482年。字は紹伯。蕭斉の初代皇帝。高帝。蕭承之の子。寒門の出身。劉彧の代から勢力を強め、劉昱の代には各地の反乱を鎮圧して独裁を確立した。危惧した劉昱に誅殺を計画されるが先手を打って劉昱を殺害、沈攸之、袁粲ら反対勢力を滅ぼして、皇帝に即位した。在位3年。

関連

呂婆楼

生没年不詳。字は広平。略陽郡の人。苻健が後趙から独立すると従った。侍中、尚書など高官を歴任した。苻堅の政変で王猛を推挙し、苻生の殺害に関わった。王猛、強汪、梁平老と共に王佐の才と評された。後涼の呂光は子にあたる。

趙廞

?-301年。字は叔和。祖先は張魯に従ったが、張魯が曹操に降伏してから趙に移った。県令、郡太守を歴任して司馬倫からの評価を得、益州刺史、大長秋まで昇った。賈氏が誅殺されると婚姻関係にあった自らの立場を危ぶみ、李特ら流民を私兵として益州の占有を図った。配下の鎮撫に失敗し李特の攻撃を受け横死した。

陶潜

365年-427年。字は淵明。陶侃の曾孫。393年以降、断続的に東晋の属官として出仕するが、官吏の職務を嫌い彭沢県の県令を最後に隠遁生活に入った。晴耕雨読の中で詩文を残し、桃源郷の語源を作った。その詩業は世俗から離れた理想を表現したものとして評価が高い。陶淵明の名で知られる。

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