呂婆楼
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
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生没年不詳。字は広平。略陽郡の人。苻健が後趙から独立すると従った。侍中、尚書など高官を歴任した。苻堅の政変で王猛を推挙し、苻生の殺害に関わった。王猛、強汪、梁平老と共に王佐の才と評された。後涼の呂光は子にあたる。
関連
李洪
生没年不詳。渤海郡蓨県の人。李臻の孫。永嘉の乱では潁川郡定陵県に移住し舞陽にて塢壁を築いた。王浚によって雍州刺史に任じられるが、後に慕容皝に帰順した。昇進を重ねて司空まで昇る。前燕滅亡時に長安に送られ駙馬都尉に任じられた。やがて没した。
班超
32年-102年。字は仲升。右扶風安陵県の人。班彪の子。班固の弟。班昭の兄。史家の一族に生まれたが、竇固による北伐に従軍して西域の奪還に活躍した。西域を治めることおよそ30年に渡り、西域都護として後漢の版図拡大に貢献した。晩年に本国へ帰還したが、間もなく病没した。
夔安
?-340年。石勒十八騎の一人。天竺の出身であるが、遼東へ移り住んだ。傭兵稼業をする石勒と共に群盗となり各地を荒らした。石勒、石虎に従って文武を歴任した。晩年には、石鑑、冉閔、李農、張賀度、李菟ら五将を従え、荊州を攻めて東晋に名を響かせた。