張駿 ( ちょうしゅん )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

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307年-346年。字は公庭。前涼の第4代君主。文公。張寔の子。張茂の跡を継ぐ。このとき前涼は東晋と前趙の両国に臣従していたが、前趙が後趙に対して劣勢になると前趙から受けた官爵を廃した。涼州・河州・沙州を定め前涼の最盛期を現出した。病により死去。在位22年。

関連

王猛

325年-375年。字は景略。北海郡劇県の人。漢人。貧しい幼少を経て鄴へ遊学した。徐統に取り立てられたが応じず華山へ隠遁した。呂婆楼に推挙されて苻堅に仕え、その様は劉備と諸葛亮に例えられる。内治から前燕攻略まで枢機に携わり丞相まで昇った。病没。武廟六十四将。

萬脩

?-26年。字は君游。扶風茂陵県の人。劉玄政権で信都郡信都県の県令となった。信都郡太守の任光に従い劉秀を迎えた。河北攻略、洛陽、南陽と転戦した。鄧奉の反乱によって宛で孤立し、間もなく病没した。右将軍、槐里侯。

檀道済

?-436年。劉裕に仕えて、桓玄の乱や北伐を転戦して宋朝建国の功臣となった。劉義符の廃位に加担するもその後の罪を逃れた。のちに北伐を行い、対北魏戦線の要として軍の最高職を務めたが、勢威を恐れた劉義隆に殺害された。『三十六計』の著者。

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