張駿 ( ちょうしゅん )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

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307年-346年。字は公庭。前涼の第4代君主。文公。張寔の子。張茂の跡を継ぐ。このとき前涼は東晋と前趙の両国に臣従していたが、前趙が後趙に対して劣勢になると前趙から受けた官爵を廃した。涼州・河州・沙州を定め前涼の最盛期を現出した。病により死去。在位22年。

関連

司馬昱

320年-372年。字は道万。東晋の第8代皇帝。簡文帝。司馬睿の末子。司馬奕を廃した桓温に擁立されて即位されたためその実は傀儡であった。即位の翌年には病に伏せり「諸葛亮、王導の如くせよ」と桓温へ遺言した。在位は1年に満たない。

司馬瑋

271年-291年。字は彦度。楚王。司馬炎の第5子。八王の一人。賈南風による楊駿排斥に協力した。その後、補政の任に当たった司馬亮や衛瓘と対立し、賈南風に唆されて司馬亮、衛瓘を粛清した。賈南風によって司馬亮、衛瓘殺害の罪を押し付けられ処刑された。横暴の評価が残る。

陸抗

226年-274年。字は幼節。呉郡呉県の人。陸遜の子。母は孫策の娘、妻は張承の娘で諸葛恪の姪。陸遜が死去すると建業に赴き父の生前の疑惑を解いた。後に孫権から陸遜の冤罪について謝罪を受けた。荊州に駐屯し羊祜と鎬を削ったほか、個人的な親交を結んで羊陸之交の故事成語を残した。大司馬、荊州牧まで昇る。

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