張玄靚
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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350年-363年。字は元安。前涼の第8代君主。沖公。張重華の末子。張祚が殺害されると宋混らに擁立される。幼年で跡を継いだため張瓘、宋混、張邕、張天錫と摂政を巡って権臣たちの勢力争いが続いた。最後は張天錫によって殺害された。在位9年。
関連
慕容永
?-394年。西燕の第6代皇帝。慕容運の孫とされるが父は不明。前燕の滅亡時に長安へ移住し、生活は困窮した。慕容垂が挙兵すると同時期に挙兵し、慕容泓、慕容沖と合流した。慕容忠が刁雲に殺害されると西燕をまとめて慕容垂に臣従したが、すぐに独立して8年に渡って割拠した。後に慕容垂の攻撃を受けて処刑された。
崔慧景
438年-500年。字は君山。崔系之の子。宋の官職を歴任して、蕭道成の信任を得た。蕭鸞の死後、斉の重鎮ゆえに朝廷から警戒され、蕭宝玄を奉じて挙兵した。建康周辺を制圧し蕭宝巻を呉王に降格するが、蕭懿の攻撃を受けて敗死した。
劉駿
430年-464年。字は休龍。劉宋の第4代皇帝。孝武帝。劉義隆の第3子。皇太子であった兄劉劭が劉義隆を殺害すると、これを打つべく挙兵、皇帝に即位し、建康を陥落させ劉劭を処刑した。寒門を登用して中央集権を進めたが、残虐な一面も多く国を疲弊させた。在位11年。