張玄靚 ( ちょうげんせい )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

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350年-363年。字は元安。前涼の第8代君主。沖公。張重華の末子。張祚が殺害されると宋混らに擁立される。幼年で跡を継いだため張瓘、宋混、張邕、張天錫と摂政を巡って権臣たちの勢力争いが続いた。最後は張天錫によって殺害された。在位9年。

関連

張奐

103年-181年。字は然明。敦煌郡淵泉県の人。張惇の子。太尉の朱寵に師事するなど学問を志したが、梁冀の招聘を受けて以後は辺境諸国へ赴任した。異民族の鎮撫に長けて、西域や北方に名を轟かせて軍歴を重ねた。竇武らを敗死せしめたことを後悔し、度々宦官を弾劾してその都度謹慎となった。

斛律金

488年-567年。字は阿六敦。朔州勅勒部の人。斛律大那瓌の子。塵を見て敵の数を知り、地を嗅いで敵の距離を測ったという。破六韓抜陵に従ったが降伏して爾朱栄に帰順した。その後、高歓に従い東魏、北斉の変遷の中で自身のみならず一族を繁栄させた。咸陽郡王、左丞相。

麻秋

?-350年。胡人。後趙の武人で特に石虎に重用された。苻洪の反乱や、段遼ら鮮卑の侵攻、前燕、前涼の圧力に対して歴戦した。石虎の死後は冉閔に従い、王朗を攻撃して逃走せしめた。自立した苻洪に敗れて降伏するも、その勢力を奪わんとして苻洪を毒殺した。苻健によって処刑された。

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