王元姫
publish: 2026-09-22, update: 2026-09-22
217年-268年。東海郡郯県の人。王粛の娘。司馬昭の妻。司馬炎の母。幼くして礼節と孝行を持ち合わせ祖父の王朗からは男子でないことを惜しまれた。鍾会の禍を予見した。没後も質素と謙譲の姿が偲ばれ、その都度親族の女性への追贈がなされた。諡は明。文明皇后。
司馬炎からは過剰なまでに敬慕され、王元姫に影響を与えたであろう女性たちが度々称揚されて1いる。 追贈そのものよりも、史書には省かれがちな女性たちの存在により、縁戚関係がうっすらと浮かび上がることが興味深い。
| 名 | 王元姫からみた続柄 | 司馬炎からみた続柄 | 付記 | 追贈 |
|---|---|---|---|---|
| 羊氏 | 母 | 祖母 | 王粛の妻 | 平陽靖君 |
| 楊氏 | 祖母 | 曾祖母 | 王朗の妻 | 郷君 |
| 鄭氏 | 義姉? | 従母 | 郷君 | |
| 劉氏 | 義姉? | 従母 | 郷君 | |
| 夏侯氏 | 継母 | 継祖母 | 王粛の後妻 | 滎陽郷君 |
『晋書』では特に明記がない限り司馬炎からみた続柄で記載されている。 従母とは一般的に母の姉妹を表すが、鄭氏と劉氏は異姓なので王元姫の兄弟、つまり王惲、王恂、王虔、王愷のいずれかの妻と思われる。
実子
| 出生順 | 爵位/諡号 | 名 | 生年 | 没年 | 生母 | 付記 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 武帝 | 司馬炎 | 236 | 290 | 王元姫 | |
| 2 | 遼東悼王 | 司馬定国 | ? | ? | 王元姫 | 早世 |
| 3 | 斉献王 | 司馬攸 | 248 | 283 | 王元姫 | |
| 4 | 城陽哀王 | 司馬兆 | ? | ? | 王元姫 | 早世 |
| 5 | 廣漢殤王 | 司馬広徳 | ? | ? | 王元姫 | 早世 |
| (女) 1 | 京兆長公主 | 王元姫 | 甄徳の妻 |
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『晋書』巻三十一 列伝第一 后妃上 ↩︎
関連
姚萇
331年-394年。字は景茂。後秦の創建者。武昭帝。姚弋仲の子。姚襄の弟。羌の出身。父の代では前趙、後趙に帰属したが兄・姚襄が前秦と戦い敗死した背景を持つ。前秦に降伏した後は各地を転戦して功績を挙げた。淝水の戦い以後独立し苻堅を殺害した。病没。在位8年。
劉子鸞
456年-465年。字は孝羽。劉駿の子。始平王。襄陽王、新安王から改封された。呉郡太守、南徐州刺史、司徒、中書令などの重職を兼任した。幼少にしてこの待遇であり、常々嫉視していた兄・劉子業から賜死を受けた。死に臨んで再び皇族には生まれたくないと言葉を残した。
劉協
181年-234年。献帝。後漢の第14代皇帝。劉宏の子。劉弁の異母弟。董卓に擁立されて即位したが、以降、時の権力者の正統性の道具としてのみ機能し後漢王朝は実質消失した。曹丕が魏王を襲爵すると、世論の圧力により帝位を曹丕へ禅譲した。山陽公。