長孫嵩 ( ちょうそんすう )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

358年-437年。長孫仁の子。代の南部大人。代が前秦に滅ぼされると劉庫仁に従った。拓跋珪が独立すると再び南部大人となり、柔然、後燕、東晋を相手に歴戦して、北魏初期の軍事を支えた。北魏3代に仕えた。病没。武廟六十四将に数えられる。

関連

陳元康

507年-549年。字は長猷。広宗郡の人。陳終徳の子。北鎮の乱で陳留公・李崇に従って北伐し爵位を受けた。性は柔和で事務に優れ、慣例に長けたため高歓の重用を受けた。多くの献言を行った一方で貪欲とも評される。高澄による禅譲の密議をする最中、蘭京の襲撃に遭い高澄を庇って殺害された。

裴叔業

438年-500年。裴順宗の子。裴潜の弟・裴徽の末裔。宋の時代に軍人として累進し、蕭道成の配下となった。蕭鸞と親しく信任されて北魏戦線を転戦したが、その死後、反乱を疑われて崔慧景、蕭懿らの討伐を受けた。北魏に救援を求めるも、間もなく病没した。

蕭衍

464年-549年。字は叔達。梁の初代皇帝。武帝。蕭順之の子。父蕭順之は蕭道成の三従弟にあたる。蕭宝巻の暴政により兄蕭懿が粛清されると、蕭宝融を擁立して挙兵し蕭宝融から禅譲を受けた。在位47年の大半は安定したが、晩年は侯景の乱により大混乱に陥り侯景に幽閉され病没した。

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