鄧羌 ( とうきょう )

publish: 2022-03-27, update: 2026-04-19

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生没年不詳。安定郡の人。前秦に仕官して苻生の治世に将軍となった。姚襄を敗死せしめ、張蚝、劉衛辰を捕縛した知勇兼備の将で、苻堅に近侍して万人の敵と評された。清廉で法整備に明るく御史中丞として綱紀粛正に貢献したほか、その剛直な性により苻生や王猛へも諫言した。

代の滅亡後、并州刺史を最後に事績は途絶え、前後に没したと考えられる。

関連

元宝炬

507年-551年。西魏の初代皇帝。文帝。拓跋宏の孫。元愉の子。元脩が高歓の排除に失敗して宇文泰を頼るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると代わりに擁立され即位した。実質は宇文泰の傀儡であった。東魏に対して軍事的劣勢が続くが、勢力は徐々に膠着した。在位16年。

劉桃枝

生没年不詳。出自は不明で奴隷とされる。高歓以来、北斉の歴代君主に仕えて、時の権力者の汚れ役、実行役として多くの重臣、皇族を処刑した。高徳政、高浚、高渙、高叡、高帰彦、高儼、斛律光と名だたる人物を殺害しながら保身に優れ、北斉の苛烈な権力闘争を全うした。北斉滅亡後の事跡は無い。

李績

生没年不詳。字は伯陽。范陽郡の人。李産の子。後趙の范陽郡功曹を務めた。後趙が混乱すると自立した王午に従い主簿となった。父・李産は既に前燕に降伏しており、節義を重んじた王午によって郷里に返され慕容儁に仕えた。昇進を重ねたが、慕容暐の不興を買って章武郡太守に左遷された。

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