斛斯椿
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
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495年-537年。字は法寿。斛斯敦の子。爾朱栄の配下として転戦して爾朱氏から信任を得た。韓陵の戦いでは高歓を討つために戦うが、敗北後は寝返って爾朱彦伯、世隆兄弟を襲撃して殺害した。後に高歓に対して不安を抱き、保身から元脩と高歓の対立を煽った。西魏の重職を歴任して病没。
関連
謝霊運
385年-433年。字は宣明。陳郡陽夏県の人。謝瑍の子。謝玄の孫。東晋の康楽公を継いだが、宋では侯に降格された。永嘉郡太守、秘書監、侍中を務めながらも度々辞職し詩作に没頭した。隠遁しつつも生活は豪勢で、騒乱の罪を得て広州に流刑された。道中、脱走の容疑で処刑された。
蕭衍
464年-549年。字は叔達。梁の初代皇帝。武帝。蕭順之の子。父蕭順之は蕭道成の三従弟にあたる。蕭宝巻の暴政により兄蕭懿が粛清されると、蕭宝融を擁立して挙兵し蕭宝融から禅譲を受けた。在位47年の大半は安定したが、晩年は侯景の乱により大混乱に陥り侯景に幽閉され病没した。
蕭荘
548年-578年。梁の第8代皇帝。永嘉王。蕭繹の子蕭方等の子。人質として北斉に送られたが、前代の蕭方智が陳霸先に禅譲したとき、北斉の支援を受けて帰還、梁の再興を図る王琳により皇帝に擁立された。陳、北周と交戦するが王琳の敗死により北斉へ亡命した。北斉の滅亡後に病死。