斛斯椿 ( こくしちん )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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495年-537年。字は法寿。斛斯敦の子。爾朱栄の配下として転戦して爾朱氏から信任を得た。韓陵の戦いでは高歓を討つために戦うが、敗北後は寝返って爾朱彦伯、世隆兄弟を襲撃して殺害した。後に高歓に対して不安を抱き、保身から元脩と高歓の対立を煽った。西魏の重職を歴任して病没。

関連

劉昱

463年-477年。字は徳融。劉宋の第7代皇帝。後廃帝、蒼梧王。劉彧の第1子。父劉彧の死後皇帝に即位した。袁粲と褚淵の輔弼を受けた。劉休範や劉景素など皇族の反乱が絶えなかった。権勢を強める蕭道成の誅殺を計画するが、先手を打った蕭道成に殺害された。在位5年。

達奚武

504年-570年。字は成興。代郡の人。達奚長の子。汧城鎮の生まれで北鎮の乱が起こると賀抜岳の部将となった。賀抜岳が侯莫陳悦に殺されると宇文泰に従い官爵を進めた。東魏戦線のほか南征を行って梁の漢中を攻略するなど、長らく軍務を務めて功績を挙げ続けた。北周成立後も太傅まで昇った。

拓跋余

?-452年。北魏の南安隠王。拓跋燾の第6子。拓跋燾が宗愛に殺害されると宗愛に擁立されて即位した。宗愛の傀儡であり、まもなく宗愛と対立し宗愛に殺害された。皇帝として認められておらず後継の拓跋濬からは王として葬られた。在位7か月。

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