皇甫真
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
生没年不詳。字は楚季。安定郡朝那県の人。慕容廆に招かれて出仕した。慕容皝の不興を買って一時は免官となるが、後に復職し文武両道を示した。増長する慕輿根を痛烈に批判し慕容恪へ誅殺を促した。司空、太尉などの高位を歴任したが凋落の大勢は変えられなかった。前燕滅亡後は前秦の奉車都尉に任じられた。病没。
関連
段随
?-386年。西燕の第2代王。段部の人。慕容沖が殺害された際、燕王として擁立された。即位後、昌平と改元するが、まもなく左僕射・慕容恒、尚書・慕容永に殺害された。
陳元達
?-316年。字は長宏。匈奴後部の出身。元の名は高元達。長らく仕官せず学問に傾倒して漢文化に詳しかった。顕職を望まず諫言を行い、劉淵から優遇された。劉聡の堕落とともに疎まれるようになり、太宰・劉易の憤死を知ると、前趙の将来に絶望して自害した。
拓跋猗㐌
267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。