劉師知 ( りゅうしち )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

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?-567年。劉景彦の子。梁の諸王府の参軍を歴任した。学問を好んで博学であり、陳建国時の儀礼、制度を定めた。陳蒨が重篤になると到仲挙らと共に病床に近侍して決裁を代行した。陳伯宗が即位すると、陳頊の排斥を行ったが、かえって陳頊に捕縛され処刑された。

関連

張芝

?-192年。字は伯英。敦煌郡淵泉県の人。張奐の子。崔瑗、杜度に師事して書を学び、草書に優れて草聖のひとりに数えられる。書道の別名である「臨池」とは、書に没頭するあまり庭の池が常に真っ黒であったことに由来する。生前から評価され鍾繇とともに王羲之以前における書の大家であった。

劉保

115年-144年。順帝。後漢の第8代皇帝。劉祜の子。閻氏らによって廃嫡されていたが、孫程が閻氏らを排除すると擁立されて即位した。宦官の封爵、家督相続を認め、宦官の政治参加を促進した。賢臣を集め、外戚・梁氏の献身を得たが、梁冀への権力集中が高まると、その掣肘が成されるまま没した。

羊祜

221年-278年。字は叔子。羊儒の曾孫、羊続の孫、羊衜の子。諸事に慎ましく先見の明を持ち、才幹に身を滅ぼす事が無かった。都督荊州諸軍事として積極的な呉征伐を論じる一方で、呉将の陸抗と交誼を重ねて羊陸之交の故事成語を残した。病没。後任に杜預を推挙した。

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