王騰 ( おうとう )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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?-356年。青州に割拠した段龕に仕えていたが、前燕の慕容恪の討伐を受けると降伏した。段龕を援けた東晋の徐州刺史・荀羨と戦うものの、荀羨の攻撃によって捕縛され処刑された。

関連

張豺

?-349年。西晋末期、中原が乱れると割拠して王浚の傘下に入った。王浚の死後は石勒に帰順し、将軍職に任じられた。石虎の後継に石世を推し、石勒の死後、石世を即位せしめた。劉皇太后と共に政治を牛耳るが、石遵が挙兵すると孤立した。石遵に高位を与えて出迎えたが、捕らえられ処刑された。

孟宗

?-271年。字は恭武。江夏郡の人。李粛に学問を学び、朱拠の属官となった。呉県令を務める間に母を亡くした。職務を放棄して喪に服したため、処刑されそうになるが陸遜の助命により減刑された。孫亮の廃位に関わり、司空まで昇った。母に筍を食べさせた逸話から孟宗竹の語源となった。

閻式

?-309年。天水郡の人。閻彧とも。李特たちが難民を連れて益州へ移るとこれに従った。益州刺史として羅尚が着任すると李特の使者として度々往来し、難民側の主張を羅尚に伝える一方で、羅尚から李特への懐柔の窓口となった。李雄の代に尚書令まで昇るが、配下の訇琦、張金苟に殺害された。

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