王騰 ( おうとう )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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?-356年。青州に割拠した段龕に仕えていたが、前燕の慕容恪の討伐を受けると降伏した。段龕を援けた東晋の徐州刺史・荀羨と戦うものの、荀羨の攻撃によって捕縛され処刑された。

関連

張耀霊

343年-355年。字は元舒。前涼の第6代君主。哀公。張重華の次男。張重華が病を患うと10歳で世子に立てられる。張重華は謝艾に後見を任せようとしたが、遺詔は捏造され張祚に摂政が委ねられた。幼年を理由に張祚に廃され復位の兆しが出ると殺害された。

任昉

460年-508年。字は彦昇。楽安郡博昌県の人。任遙の子。丹陽尹の主簿となって後に蕭子良の属官に転じた。蕭鸞の不興を買って一時、不遇となるが、蕭衍が政権を握ると禅譲の詔勅などを書き上げた。文筆に優れて「任筆沈詩」と詩にすぐれた沈約と比較して評価された。交際が豊富で財産に執着しなかったという。

爾朱栄

493年-530年。字は天宝。爾朱新興の子。李崇の配下として六鎮の乱以降、頭角を現した。胡太后が元詡を殺害すると、高歓を先鋒として洛陽を攻撃し、胡太后らを処刑した。元子攸を擁立して、娘を娶らせると外戚として専横を強めた。帝位簒奪も目前であったが、元子攸に殺害された。

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