慕容紹宗 ( ぼようしょうそう )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

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501年-549年。字は紹宗。慕容遠の子。前燕の太原王・慕容恪の末裔。爾朱栄および爾朱兆に従った。爾朱兆が自害すると残党をまとめて高歓に降った。侯景が叛すると東南道行台となり、侯景と梁の軍を撃破した。西魏の潁川攻略中に自船を拿捕され自害した。

関連

高洋

526年-559年。字は子進。北斉の初代皇帝。文宣帝。高歓の第2子。高歓の死後その勢力は長子の高澄が継ぐが、高澄が蘭京に殺害されたため蘭京を討って地位を固めた。元善見に禅譲を迫り皇帝に即位、北斉を建てた。当初は精力的であったが、後に酒色におぼれた。在位9年。

高湛

537年-569年。北斉の第4代皇帝。武成帝。高歓の第9子。兄高演が落馬で重体となると、帝位を譲られて即位した。贅沢を尽くして、強引な賦役を課し、和士開などの奸臣に専横を許すなど、朝廷内の腐敗を促進させた。子の高緯に帝位を譲り太上皇帝となった。病没。在位4年。

豆盧寧

500年-565年。字は永安。昌黎郡徒河県の人。豆盧萇の子。後燕の北地王・慕容精の玄孫。爾朱天光、侯莫陳悦に順に従い、侯莫陳悦が討たれると宇文泰に従った。身丈八尺、容姿に優れて騎射を得意としたという。功を挙げてなお宇文護の傀儡政権でも失脚せず、楚国公まで昇った。同州刺史として在地で病没。

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