慕輿根 ( ぼよこん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

章節

標籤

?-360年。鮮卑の人。早くから慕容皝に服属し、将軍として頭角を現した。後趙戦線で活躍し前燕の中原進出に大きく貢献して太師まで昇った。慕容儁の死後は、傲慢で詭弁を弄し反意を抱いたため、慕容恪によって誅殺された。

関連

李恂

?-421年。西涼の第3代君主。末主。李暠の第5子。兄・李歆が北涼の沮渠蒙遜に大敗し処刑されると、首都酒泉から残党をまとめて旧都敦煌へ逃れた。北涼の追跡を退けて敦煌を支配するも、改めて北涼の攻撃を受けた。籠城のすえ敗れて自害した。

悦綰

?-368年。鮮卑の人。慕容皝に服属した大人の一人。後趙の遠征を退けるなど一軍を率いて活躍した。并州刺史、尚書左僕射を歴任した。慕容評が悪政を行うと、上奏して多くの不正を摘発した。前秦の侵攻を前に病没するが、慕容評による暗殺の風聞も流れた。

崔季舒

?-573年。字は叔正。博陵郡安平県の人。崔瑜之の子。若くして父を失うも学問に頭角を現し、高琛の属官を経て高歓に重用された。元善見の側近となり「我が乳母」と評されるほど信任される一方で、高澄からも厚く信任され大きな発言力を持った。権力闘争著しい朝廷にあって韓鳳の讒言により殺害された。

/opt/build/repo/content/dynasties/337_前燕/retsuden/360_慕輿根.md