王猛
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
章節
標籤
325年-375年。字は景略。北海郡劇県の人。漢人。貧しい幼少を経て鄴へ遊学した。徐統に取り立てられたが応じず華山へ隠遁した。呂婆楼に推挙されて苻堅に仕え、その様は劉備と諸葛亮に例えられる。内治から前燕攻略まで枢機に携わり丞相まで昇った。病没。武廟六十四将。
関連
賀抜岳
?-534年。字は阿斗泥。賀抜度抜の子。賀抜勝の弟。武川鎮の出身で、爾朱栄の下で転戦して功を立てた。爾朱天光の副将として関中に入ったが、爾朱天光が高歓に敗れたため、高歓に帰順した。元脩と高歓の対立にあって、元脩の信任を得るが、その勢威を恐れた高歓に暗殺された。
宋混
?-361年。字は玄一。敦煌郡の人。代々、当地の豪族で、張重華の代に驃騎将軍まで昇る。忠義に厚く、人望を集めた。張祚の誅殺を掲げて張瓘が挙兵すると、呼応して挙兵し張祚を処刑した。張重華の末子・張玄靚を推戴し輔弼した。張瓘を害意を察知して決起し、張瓘を敗走させて自害に追いやった。病没。
段宏
生没年不詳。 南燕の尚書左僕射、後に徐州刺史。 後燕の中原喪失時に慕容徳に従った。 慕容超が即位すると公孫五楼による体制に不安を得て、慕容鍾、慕容法らと反乱した。 企ては失敗し北魏に逃れるが、後に東晋に帰順して功を成し、宋の征虜将軍、青州冀州刺史まで昇った。