蕭宝寅
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-530年。字は智亮。斉の第5代皇帝・蕭鸞の子。斉の諸軍事、刺史を歴任したが、兄・蕭宝巻が蕭衍に殺害されると北魏へ亡命した。梁への南征に従軍して武功を積み、晩年は関中を鎮めた。北魏が乱れると皇帝を称して独立したが勢力を維持できず、爾朱天光に捕縛された。旧功のため助命の嘆願もあったが処刑された。
関連
慕容翰
?-344年。字は元邕。慕容廆の庶長子。父の寵愛を受け、大任をこなす才略を持ち徳望を集めた。庶子という立場から慕容皝に疎まれて、段部や宇文部に亡命した。後に慕容皝に迎えられて帰国し厚遇されたが、病床に伏せるようになると讒言を信じた慕容皝に賜死を受けた。
賈充
217年-282年。字は公閭。賈逵の子。賈南風の父。曹爽の失脚後、司馬氏に取り立てられた。曹髦殺害を指揮して罪に問われなかったように、司馬氏の腹心として絶大な信任を得た。派閥を好み、人事評価は好悪が先んじた。西晋建国の功臣として筆頭に挙がる。病没。
馬武
?-61年。字は子張。緑林軍で早くから劉演、劉玄に従った。劉秀とも協調し、謝躬の配下として昆陽の戦いや河北平定で劉秀を援けた。王郎討伐後は劉秀に従い、以後、多くの前線を受け持った。酒好きで直言する癖があったが、根は謙虚であり敵を作らなかった。捕虜将軍、楊虚侯。