庾信 ( ゆしん )

publish: 2021-11-02, update: 2026-04-19

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513年-581年。字は子山。庾肩吾の子。徐摛、徐陵親子と共に詩文に長けて、その詩は徐庾体と称された。侯景の乱が起こると江陵へ逃げるが、西魏の攻撃で江陵が陥落すると、多くの官民と共に長安へ拉致された。長安に抑留されつつも文人として活躍し、江南を哀惜する名作を残した。

関連

劉辯

173年-190年。少帝。後漢の第13代皇帝。劉宏の子。皇太后・何氏と何進によって擁立されたが、まもなく何進は宦官の張譲らに暗殺され、張譲ら宦官も袁紹らに虐殺されたため、朝廷は混乱の極みに達した。後に朝廷を掌握した董卓によって弘農王に降格され、長安への遷都を前にして毒殺された。

慕容暐

350年-384年。字は景茂。前燕の第3代君主。幽帝。慕容儁の三男。河南へ進出し東晋領の洛陽を得るも慕容恪の死後は国威が低下する。洛陽の領有問題を起点に前秦と敵対し大敗のすえ鄴は陥落、降伏した。在位11年。淝水の戦い以後没落する苻堅の暗殺を試みるが失敗し殺害された。

劉貴

?-539年。秀容郡陽曲県の人。劉乾の子。爾朱栄の属官を務めると厚く信任され、将軍職、刺史職を歴任し、爵位は公まで昇った。爾朱氏の内紛で高歓が挙兵するとこれに従った。主に対西魏戦線に立ち西魏の独孤信らと戦った。

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