朱异
publish: 2021-11-02, update: 2026-04-19
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483年-549年。字は彦和。寒門の出身で、蕭衍の貴族制度改革によって台頭した恩倖の代表格。侯景の降伏受入を薦め、一方では東魏との和平を薦めたため、侯景の乱のきっかけを作った。有能ではあったが私心が多く、梁の国政を傾けるに至った。平家物語には奸臣として載る。
関連
木杆
?-572年。突厥第3代可汗。伊利の子。兄・乙息記が夭折したため後を継いで可汗に即位した。柔然、嚈噠、契丹、契骨など周辺勢力を相次いで征服し、北方に一大勢力を築いた。北周、北斉の争いを利用して漁夫の利を取り、両国を圧迫した。死後は、内紛と北周による華北統一から東西に分裂した。
王曇首
394年-430年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王珣の子。劉義隆に仕えて属官として昇進し、劉義隆の即位に伴って中央に入り、侍中、驍騎将軍を務めた。王華らと共に劉義隆政権の確立に務め、その功は多大であった。兄・王弘が劉義康から妬まれたとき、兵を分配することを勧めた。
侯莫陳順
?-557年。代郡武川鎮の人。侯莫陳興の子。侯莫陳崇の兄。爾朱栄、次いで賀抜勝に従った。北魏末の反乱に従軍して栄転した。孝武帝・元脩に従って関中に入り、同郷の宇文泰から歓迎された。東魏戦線で活躍したほか、氐の反乱鎮圧では離間を行うなど知略にも優れた。