慕容翰 ( ぼようかん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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?-344年。字は元邕。慕容廆の庶長子。父の寵愛を受け、大任をこなす才略を持ち徳望を集めた。庶子という立場から慕容皝に疎まれて、段部や宇文部に亡命した。後に慕容皝に迎えられて帰国し厚遇されたが、病床に伏せるようになると讒言を信じた慕容皝に賜死を受けた。

関連

呉漢

?-44年。字は子顔。南陽郡宛県の人。県の亭長を務めたが食客の罪に連座し逃亡した。馬商人として生計を立てるなか韓鴻に見出されて県令となった。河北を巡撫する劉秀に従い、偽の檄文を作って彭寵を抱き込んだ。沈着、果敢であり、軍職を歴任して連年の遠征を務めた。略奪や苛烈な指揮が多かった。大司馬、広平侯。

李庠

247年-301年。字は玄序。李慕の子。李輔、李特の弟。李流、李驤の兄。郡の属官として仕えたが任官を固辞した。斉万年の乱では流民となって蜀へ渡るが、任侠心が強く人望を集めた。趙廞が決起するとこれに従うが、趙廞に勢力を恐れられて誅殺された。

蘭汗

?-398年。慕容垂の母・蘭氏の弟、慕容盛の舅。段速骨が反乱すると呼応して龍城を陥落させた。段速骨を殺害して慕容宝を迎え入れようとしたが、弟・蘭加難が慕容宝を殺したため実現しなかった。大単于、昌黎王に即位し青龍と改元した。慕容盛を迎え入れたが慕容盛に謀られ殺害された。

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