張瓘 ( ちょうかん )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

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?-359年。宗族だが系譜は不明。張駿の代に、寧戎校尉、河州刺史を歴任して強勢を作った。張祚討伐のための挙兵を成功させ、張玄靚の輔弼の筆頭となった。宋混を恐れて誅殺しようとしたが、事前に察知した宋混の攻撃を受け、自害した。猜疑心が強く、苛虐であった。

関連

独孤信

502年-557年。字は期弥頭。本名は如願。匈奴の出自。雲中郡の人。独孤庫者の子。六鎮の乱で活躍し爾朱栄の配下となった。宇文泰の信任を得て西魏の重鎮となった。北周成立時に実権を掌握する宇文護の暗殺を計画し賜死を受けた。娘がそれぞれ北周、隋、唐の皇后として嫁いだ。容姿が美しく独孤郎の異名をとった。

拓跋寔

?-371年。拓跋什翼犍の子。拓跋珪の父にあたる。母は慕容皝の娘で太子に立てられた。長孫斤が謀叛を起こして拓跋什翼犍に迫ると、身を挺して遮り深手を追った。長孫斤は捉えられ処刑されたが、予後が悪化し死去した。拓跋珪はその死後に生まれた。

陳俊

?-47年。字は子昭。南陽郡西鄂県の人。劉嘉の長史となったが、劉嘉の薦めで劉秀の安集掾となった。各地の農民反乱の鎮圧に働いたほか、董憲や張歩を討伐した。泰山太守、琅邪太守として山東の鎮撫に大きく貢献した。琅邪太守、祝阿侯。

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